園主のフォト日記
2019年12月
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信楽焼 火鉢 生子13号(約40cm) 現在生産されている一色海鼠釉
 
現在の焼成方法はガス釜の時代。明治時代の開発された海鼠釉は二度掛け。そして登窯の時代が終わり、次いで石油窯といわれる重油窯でも二度掛けの海鼠釉が見られました。その釉薬は窯元で作られたものでした。その後釉薬専門販売会社が作られ簡単に入手できるようになりますと、窯元はその釉薬を利用するようになり、ガス釜とともに簡単に焼ける時代に入りました。その釉薬が一度掛けの今日の生子釉でした。

信楽焼 火鉢 支那海鼠(生子) 15号(約45cm) 戦前の昭和時代作では?
薪を燃料とした登窯で焼かれた二度掛けの海鼠(生子)火鉢です。登窯時代の釉薬は各窯元で調合されたもの。それにて火鉢の文様も様々見られます。この火鉢は型からいって並品火鉢として流通していたと思われますが、その文様は今となっては作り出すことのできないものとなっています。

 

信楽焼 植木鉢 生子十二角輪型 8号(24cm)
 
現在信楽焼 輪型植木鉢としては最小8号(24cm)です。この生子釉も火鉢と同様一色海鼠釉を使用して生産されています。昭和30年代、戦後の復興とともに火鉢が販売不振に。そこへ現われたのが植木鉢でした。生活が豊かになり、園芸を楽しむ日本の復活があったのです。そして高度生長時代この信楽焼植木鉢は売れに売れた時代であって、火鉢にとって入れ替わるぐらい、信楽焼を代表する焼き物となったようです。
その後プラスチックの出現により、信楽焼植木鉢もその生産量は見る陰もないぐらいの量となって今日を迎えているとのこと。

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