園主のフォト日記
2020年1月
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2020年1月2日 椿 苗販売 茶道では初釜にかかせない椿の花。 昨年春入荷した、さし木2年生苗がよく育っています。
紅侘助がよく育っています。肥料は長期化成肥料約1gを施肥して2年です。
莟もこんなに大きくふれれ咲くのが楽しみな紅侘助です。
貴婦人です。これもよく育ってくれています。莟もたくさん着けてくれています。
侘助椿といえば胡蝶侘助。莟もこんように着けてくれています。
白侘助も次々と咲いてくれる日々です。
こちらは正月に咲いてくれる雛侘助です。お正月の花材に向いているかと思います。
一子侘助、花も莟もたくさん着けてくれ、この季節、花も見頃となってきました。
人気の高い出雲大社萩椿。盆栽界ではよく使われており、バランスが良いのかもしれません。
歴史的にも古い銘花の有楽、丈夫な品種です。これからの季節咲く品種です。
莟も大きく開きかけてきた三河雲龍椿。なかなかの人気です。
どのような花が咲くのか楽しみな「青い珊瑚礁」です。
玉の浦、覆輪の藪椿なのですが、販売された当初の人気は今だに受け継がれているのか、よく売れています。
孔雀椿の実生によって生まれた黒百合です。
樹勢は強いのか、よく成長し、そして莟もよく着ける「最小白花」です。
大変有名で人気も高い卜判、色々な品種も生まれましたので白蕊卜判とも呼ばれています。別名月光は古くよりの銘です。
2020年1月2日 新年あけましておめでとうございます。初参りは小倉神社へ。そして苔の初観察も。 苔販売。
社殿は建て替えられ、新しい社殿に。昨年3月に建て替えられました。長年当地で営業しておりまして、近くにある大山崎町の小倉神社にはお参りをせず念願がかないました。その昔山崎の合戦の折り、豊臣秀吉が戦勝祈願をされた神社でもあります。
境内には、お参りの参拝される方々の暖を取るためにたき火が用意されています。何でもないことなのですが、弊園信楽焼を扱うようになり、しかも古信楽焼きを起源とする焼き物にはどうしてもこのたき火が理解する必要があります。燃えた後の火、これを「おき」と呼んでいるのですが、これのおきが古信楽焼の「こげ」を生み出しているのです。そして火鉢でもこのおきがその昔は日常に使われていました。
本殿の裏を回りますと山が迫り、そこにはシダが、よく見ますとコウヤコケシノブが見られるのでした。
そのコウヤコケシノブです。
そしてウチワゴケも見られるのでした。
次にはホウオウゴケも、多分トサカホウオウかと思われます。
岩から浸み出す水量が少ないと思われるコロニーですが、貴重な生態だけに大事にしなければと思います。
このように山を削って社殿は建てられており、その奥には古墳があって古くより開かれたところと思われます。
社殿から脇道があってポンポン山へとハイキングコースがあります。
その岩肌にもトサカホウオウゴケらしきホウオウゴケが見られ、このポンポン山にも色々な生態が見られるのではと思います。
2019年12月29日 苔販売 苔の生育地を訪ねる  於 信楽焼の里の帰路 国道307号線
過日、ハネヒツジを見た同じ所。そこにはアオツヅラフジやノイバラの実がその後どうなったのかと思い、車を止めたのでした。
辺りをうろちょろ、よく見るとカーブミラーに何やらひっかかっているものが目に入りました。
近づいてよく見るとどうもイトゴケらしきものが、自然に生長しているのでした。
アオツヅラフジはどうなのかなあと見上げますと、このように、まだ鳥には食べられていないような。
他にもないかと辺りを見わたすと、今度は赤い実が目に入るのでした。
それはビナンカズラ。別名サネカズラでした。
こちらにも赤い実は目につくのでした。
そしてあちらにもビナンカズラが房を垂れているのでした。
きっとイトゴケはあるはずだと思い、サネカズラもそこそこに。藪の中に入って行くと、やっぱりありましたイトゴケが。夏でも気温は低く、それでいて空中湿度が高い環境がイトゴケを育んでいるかと思われます。
よく見るとあちらにも。
こちらにも。
まわり一帯をよく探せばきっとたくさん分布しているのではと思いながら、いつか再会できることを楽しみに帰路へ。
アスファルトの上に苔がよく育っている環境。やはり深山、空中湿度が高く、苔が育つ環境条件をしめしています。平地の都会でこの条件は作り出すことができず、よってテラリウムというガラス容器を使うことによって、それを作り出すことが可能というわけです。
2019年12月25日 苔販売 苔の生育地を訪ねる  於 滋賀県信楽町
信楽町といえば焼き物の町。NHK「スカーレット」の舞台ともなりこの秋は観光ラッシュとのこと。きっと来年春の「窯元めぐり」は空前の人出ではと思われます。そんな中、信楽焼を仕入れに訪れ帰り道「スカーレット」の舞台となった窯場坂山文製陶所を訪ねました。そして目につきましたのは立ちざや(立匣鉢)と植木とのコラボの垣根。さすが焼き物の町。おしゃれに使ってありますが、何んとその立ちざや(立匣鉢)の上にスナゴケが育っているのでした。
小雨降る曇天の中、以前よりしっかり見せていただきたいとの思いが通じたのか、雲の間から日が照ってきましたのが、シャッターチャンス。
その昔、このお住いの家では登窯で火鉢を焼いておられたのではと思える程、立ちざやを贅沢に使っておられるのですが、長年に渡り、環境がそうさせたのか、スナゴケがこのように。
おしゃれなスナゴケです。
よく見るとあちらにもこちらにも。
このように育っているのでした。
やはり信楽町は信楽高原といわれる程、高度がそれなりにあり、夏涼しく、lこの垣根の下だけに空中湿度が保たれたことにより、長年スナゴケが育つ環境ができ上がったかと思われます。
機会があれば訪れて見て下さい。
2019年12月25日 信楽焼 窯元めぐり 番外編 窯場坂 山文製陶所(その2)
撮影で使用された丸熊陶業の看板。今は取り払われこの工房前に。見学の方々には「これこれ」といっていただけるのでは。まあ、永久保存看板ですねえ。
機械ろくろで形成された乾燥中の火鉢の原形。そして後はその石膏の型。
工房の入り口には「スカーレット」で放映された火鉢の製作現場、俳優も何んでもやらなければなりません。
そのロケで使用された火鉢の型が入った機械ろくろです。ここで俳優さん実演されさぞ大変なことであったろうと思われます。
その機械ろくろで製作されたばかりの火鉢の整形されたところです。型から抜かれたばかりと思われます。
この山文さんでロケされたことがよくわかります。
でき上がったばかりの火鉢の原型です。
この庭で整形された火鉢の原型が天日干しされたところです。山文さんの職人さん「イッキに60個作ったことは始めて。大変でした」とのお話し。ロケそのものが前代未聞。さぞ大変なことであったろうとおもわれます。あいにくの小雨模様の天気が少し残念でした。
話しは変わりますが、地元信楽産の「真砂土」を敷かれています。
この真砂の山土、古信楽といわれる鎌倉時代から江戸時代の焼き物で、粘土を荒土のままの状態で焼かれた壺等はこの長石、珪石が薪の炎との化学反応により、味わい深い信楽焼ができ上がった由縁です。
にわか仕立てのギャラリーオープン。従来「窯元めぐり」ではオープンされていなかった山文製陶所、押し寄せる見学の方々にやはりサービスしなければなしません。それにて工房の一隅をこの工房の作品を並べられることになったのでは。植木鉢と花入れ、鉢カバー等でしょうか。
傘立ても。
こちらは睡蓮鉢。つくばいにも使用できるように「ひしゃく」が置かれています。
工房では職人さんが傘立ての製作中。
山文さんで現在生産されている製品が並べられています。
火鉢の小型、たばこ用の手あぶりでしょうか。昔はキセルで「きざみたばこ」灰皿といったところでしょうか。
「スカーレット」にちなんで緋色の手あぶりも作られています。
見学に来られた方々用に名刺変わりでしょうか。
生子の手あぶりもレトロなレターケースの上に。何か様になっています。
こちらも現在生産中の花瓶、睡蓮鉢等が見られます。
このつくばいは電動仕掛け。何か雲がたなびいているような。
こちらは陶器のハリネズミ。
受皿付きの植木鉢では。室内観賞用に考えられている作品。現代流でいうならインドアグリーン用です。
帰り道、ロケの跡がそのまま見られるように。
以前には無かった火鉢が積まれ、ロケの跡であることがよくわかります。
そしてこんな案内板も。
現在、山文製陶所の工房です。その工房内を通らずにロケの跡が見られます。
ロケで使われている火鉢もこのように並べられ、見学に来られる方々のおもてなしになっているのでは。
さすが年末ともなり、天候も重なって見学に訪ねる方々の歩く姿も見られません。
2019年12月25日 信楽焼 窯元めぐり 番外編 窯場坂 山文製陶所(その1)
NHK朝ドラ「スカーレット」にて信楽焼が舞台となり、ドラマの中で火鉢製作は話題の一つとなりました。
現在、信楽焼で火鉢を生産しておられる唯一窯がこの山文製陶所さん。
それまでの鎌倉時代、おそらくは室町時代より焼き続けられてきた窯が並びこの窯場坂は静かな焼き物の里でした。毎年開かれる「窯場めぐり」で好事家が訪れる以外、閑散とした通りでした。
ところが時代は今、NHK朝ドラ「スカーレット」の波及波及効果は絶大なもの。ドラマが始まるや、この山文製陶所さんには連日100人余りが方々が訪れられたとか。訪れる見学者の方々がわかるように看板は立てられ、一目でわかる火鉢も演出。いやがうえにも観光化してしまった信楽焼の町です。
「スカーレット」で舞台となった「丸熊陶業」のロケ地。案内板がわかりやすく案内してくれています。
起伏に富んだ地形は、信楽焼の歴史そのもの。鎌倉時代より昭和30年代まで穴窯、登窯で焼成され、常に山の斜面を利用してきたからです。山文製陶所で行われた「スカーレット」のロケはその昔の窯跡。案内はそちらへ誘導してくれています。
その山文製陶所の工房の裏側を通るのですが、山文さんサービス精神でしょうか、NHKから借りられたのか、ロケの様子がわかるように、ロケ現場写真が貼られているのでした。
そのロケの様子です。
以前には見られなかった火鉢も積まれ、見学される方々のサービスも満点です。奥の煙突は「ほうざん」さんという窯元。なかなかすてきなギャラリーが展開されています。
荒縄でくくられた火鉢。火鉢はその昔鉄道輸送。その貨車に積み込まれ全国各地へ送られた時代。パッキンは荒縄だったのです。そしてその時代こそNHK「スカーレット」の時代背景でもあったわけです。
その時代の火鉢がよく残されていたものです。その長年積まれていた登窯時代の火鉢が時代考証の上でおおいに役立ったようです。
山文さん、丁寧に解説されています。
現在生産されている一色生子に近い火鉢です。
本格的な二度掛け生子火鉢、或は多彩は釉薬を使ったモダンな火鉢は登窯時代そのものです。
休憩所が設けられており、その壁面にはNHKから借用された撮影ロケの写真が、見学する方々の心をなごまされているのでは?
写真には庭に粘土で整形され、天日干しされている火鉢の原型が並んでいます。
この窯である丸熊商店のスタッフの方々です。地元の方々もエキストラで出演されているとか。
いろいろなロケの場面です。
リヤカーで運ばれていくその昔の火鉢。リヤカーそのものがレトロな時代物。
山文製陶所さんがその昔、作られていた前掛。電話番号が3ケタだけの古き良き時代の前掛。お得意様にくばられていたのでしょうか。
「スカーレット」のポスターといい荒縄でくくられた古い火鉢といい、信楽焼の見学にこられた方々は納得されているのでは。
その昔に登窯で焼かれていた和風の火鉢がおもてなしに使われていました。
こちらには生子火鉢の3個結び。なつかしい今では見ることのできない「むしろ」がパッキンに使われています。今回「スカーレット」のロケに使われたかと思いますが、もう二度と見られないのは間違いありません。
庭にはまだまだ昭和の作の火鉢を始め、今では見ることの稀な二度掛けの大きな生子の植木鉢が置かれています。枯草の中に昔は使われていた立ちざや(立匣鉢)が横たわっているのが見えるでしょうか。
その中に二度掛けの生子火鉢の失敗作が見られるのでした。薪で焼かれていた時代ですので、焼成温度は経験と感。高温焼成の生子釉であっても高温になりすぎるとこのようになってしまったようです。
今では使われなくなったつぎざや(継匣鉢)がいつの間にか野ざらし状態に置かれてしまっています。
「むしろ」も懐かしい思いです。何十年も昔の話し、その当時農家の庭先で秋になりますと収穫した稲、豆を始めとする雑穀類をこのむしろで天日干しに使われていました。
今は見学に訪れる方々のおもてなしとなっている生子火鉢。「スカーレット」のロケではこの火鉢も道具として使われたとか。よく見ますと色々な形があります。
丸火鉢、八角火鉢、十二角火鉢、それに雷文が入った火鉢といろいろあります。色も二度掛けの生子本来は海鼠釉と書くのですが。それとコバルト釉の大鉢とそれだけ売れたということでしょうか。
この形状は瓜をデザイン化したものなのでしょうか。機会があればおたずねしたいと思います。
2019年12月23日 苔販売 苔の生育地を訪ねる  於 丹波高原(その5)
この谷の最大のコウヤノマンネンゴケのコロニーに出会うことができました。
この杉林の最下部にあたるところに生息するコウヤノマンネングサ。やはり条件が揃っているのでは?その条件とは、山に降る雨水がここにまで伝わり、イッキにこの地点で停滞水のように富栄養化した雨水がここに滞まるのではと考えられます。おそらくはコウヤノマンネングサの下は花崗岩系の粘土層になって雨水の地下への浸透が遅いのと考えられます。
毎年杉の落葉期にはコウヤノマンネンスギの上に覆いかぶさるように落葉し、春のコウヤノマンネンスギの生長期を待たねばなりません。そして年を越すとこの辺一面積雪、おそらくは1m以上積もるかと思われます。そのくり返しを何十年、何百年と行われてきたかと思われます。
杉林から見たコウヤノマンネングサと谷川です。何かこの辺りで苔の培養場を作ると理想的にも思えるのですが。
先程見たタマゴケのようなコケがこの岩にも。
空中湿度が相当高いと見え、よく育っています。
岩の窪地に泥が帯まったのでしょうか、そこにはコスギゴケの仲間が育っているのでした。
そして山を降りる道中、やはり紅葉したツヤゴケが見られるのでした。
2019年12月23日 苔販売 苔の生育地を訪ねる  於 丹波高原(その4)
コウヤノマンネングサ等いろいろな苔も見られます。
以前も行った別の谷へ移動。その谷の入口には以前よりコウヤノマンネングサが見られるのでした。
そこにはウマスギゴケとコウヤノマンネングサの共生する珍しい生育地でした。
あちらこちらに見られるウマスギゴケとコウヤノマンネングサなのですが、ことコウヤノマンネングサだけを見ると極めてやせているのです。いいかえればウマスギゴケはそんなところに生息するのかもしれません。
その昔、田んぼのあぜであっただとうなあと思うところにもコウヤノマンネングサが小さく小さく育っているのでした。何かコウヤノマンネングサが育つ限界点を見ている気がしてなりません。クラマゴケの生育する環境、しかも少し焼けています。
その近くには赤く紅葉したツヤゴケが見られるのでした。やはりこんなに紅葉するとは日照条件は光線量が多いことがわかります。
そしてハイゴケも黄金色を呈したハイゴケが育っていることからもわかります。
毎回訪ねる毎に観察するウマスギゴケとアラハシラガゴケの共生。アラハシラガゴケが好む環境がこれでわかります。つまりアラハシラガゴケはどちらどちらかというと湿潤を好む苔であることです。そしてこの季節、気温の低下とともに葉緑素の活動が増え色目がややかっ色を帯びてくることも実際見ることができました。といいますのも弊園でも生長期と違ってこの季節色目はどうしても落ちてきます。
そしてその辺りにはハイゴケが見られ、深山であってもある程度明るいことがわかります。
そのような環境であってもシノブゴケを探すのです。深山幽谷になる程、トヤマシノブゴケとは少し違ったシノブゴケが見られるはずです。
思いがけずオオカサゴケを発見。工事で辺り引っくり返されているのですが、もっと分布はあったのかもしれません。
アオシノブゴケではと思いながら。
こちらはオオアオシノブでは。
春の生長期、うず巻き状態となって生長するシノブゴケと思いながら撮影です。
谷川の大きな岩に着生するかのように育っている一見、タマゴケ風のコケです。何というかまったく不明です。
調べて見る必要がありそうです。
2019年12月23日 苔販売 苔の生育地を訪ねる  於 丹波高原(その3)
コウヤノマンネングサも見られる苔の仲間達
そのホウオウゴケからすぐさま林道と谷川が交差するところ。そこにはコンクリートの上にトヤマシノブゴケと思われるシノブゴケが着生するように育っているのでした。
その橋のすぐ下にはオオカサゴケが見られるのでした。そのわずかに見られるオオカサゴケ。ここは天国ではなかったようです。その原因は何なのか、オオカサゴケにたずねたいところです。
この季節、落葉して赤い実が目立つサンキライ。
何回か探索に来てはいますこの地、始めて気がついたサンキライの実。
林道にこのようにサンキライが育っているのでした。
そのあたりにはタマゴケも見られるのでした。
やはり山からの流れ出る伏流水がタマゴケを育んでいるよい例です。どこで見るタマゴケもこのような環境です。タマゴケは夏冷涼な気候を好む非対暑性の苔。この辺りでは夏やはり焼けてしまうのかどうか調べたいと思うのですが、いかんせん動ける季節はこの季節の冬限定です。
その崖下の林床にはコウヤノマンネングサのコロニーが見られるのです。もうこれで何回目か。いつ見ても見あきぬ楽しみがあるコウヤノマンネングサです。
このコウヤノマンネングサが生育する林床は、その昔耕作する目的で広かれた畑では思えるのです。
これだけ生育しているコウヤノマンネングサ。環境は富栄養化した林床にあるかと考えられます。長年積まった落葉からできる腐葉土に一次茎の根を張り、そして片や林道を介して山の崖という状件。その山に降る雨水がこの林床に流れ込むかと考えられます。おそらくはその時の林床は水が滞まる状態になっているのでは。その条件がコウヤノマンネングサをこのように育んでいるのではと考えられます。
コウヤノマンネングサは根の無い苔の仲間。山から流れ出る雨水は腐葉土の層を流れた富栄養化した雨水。そのような栄養化に富んだ雨水がこのコウヤノマンネングサ一面に生育期間中に何回となく水を湛え、その雨水を吸収することによってこのようによく育ったコウヤノマンネングサになったかと考えられます。
その林床がその昔人工的に造られたものとわかる石垣。その石垣にはツヤゴケが厚く育っているのでした。うっすらと紅葉しているツヤゴケを見ると夏の間日射量のかなり少ない谷間であるかと考えられます。
石垣の上がこのツヤゴケの育む環境に合ったのか、おそらくはかなりの高湿度が保たれている林床と考えられ、土の上では無く、石の上に育ったことがわかります。
コウヤノマンネングサのコロニーの環境条件を見ますとよく理解ができるかと思われます。ツヤゴケは高湿度は求めても停滞水による湿潤な環境はどうもにが手のようです。
よく見ますと林道に面した法面にコウヤノマンネングサが見られるのでした。
でもそのコウヤノマンネングサ、何んとなく負弱です。
これを見ますとコウヤノマンネングサがよく育つ条件がわかってきます。この法面にも長い年月を経てコロニーを形成しています。おそらくは対面の山に降った雨水がこの法面を潤おしているかと考えられます。
その雨水、腐葉土の層によって富栄養化してこのコウヤノマンネングサを育んでいるのですが、この法面の保水力だけが頼り。つまりどぶ漬けか散布かの違いがコウヤノマンネングサの育ち方を変えていることがここでは証明しています。
そのコウヤノマンネングサのコロニーから見上げますと、そこにはホウオウゴケが育つ小さな滝があったのです。山の降った雨水がこの滝に寄せられ、イッキにコウヤノマンネングサを潤しているのでしたつまりコウヤノマンネングサが育つにはある一定の湿潤になる条件、更にはその時間が関係していることがわかってきます。
くわしく見て見るとどうもホウオウゴケのような大きなホウオウゴケ。今まで何回となく見ているのですが、多分ですね。
少し小型のようにも見えるのですが、そこには年間の降水量とこの小さな滝の水量等色々な環境条件がそうさせたのでは。或は他のホウオウゴケかもしれませんが。
2019年12月23日 苔販売 苔の生育地を訪ねる  於 丹波高原(その2)
コウヤノマンネングサ等、いろいろな苔も見られます。
シッポゴケ思われる美しいコロニーがカサゴケモドキとともに育っているのでした。
カモジゴケと思われるコケやら。ヒカゲノカズラ、シッポゴケと寄せ植え状態です。自然ならではの生態です。
そのような理想的な生育が見られる斜面です。でもここにはカサゴケモドキどころかオオカサゴケも見られないのです。すぐ近くにカサゴケモドキが生育しているにかかわらずです。
カモジゴケのような、それにウマスギゴケ、ツヤゴケも。このツヤゴケは紅葉しないタイプでは。色々と調べることが一杯です。
シッポゴケとウマスギゴケのコラボ。テラリウム或は苔盆栽等を考えますと何かヒントになるのではと思います。
そのあたりにある大木を見ますとフトリュウビゴケが着生しているのです。生育環境はかなりの高湿度と思われます。
きれいに育っているフトリュウビゴケです。
更度、苔の生育するあたりを観察すると、このあたりだけに苔は生育しているのです。やはり山の斜面であってもこのあたりに伏流水が浸み出し、湿潤な環境を作り出し、どちらかというと水を好む苔が育っているといえるのでは。
そしてそのパノラマが続き、紅葉するツヤゴケ、カサゴケモドキへと続いています。
大きな杉の大木の株元にはウマスギゴケがいかにも湿潤という条件では。
黄色い帯状に育っている苔はどうもツヤゴケ。ツヤゴケも色々なタイプがあるようです。
この谷を少し上流に行きますとコンクリートの護岸、そこにはホウオウゴケが見られるのでした。
どちらかというとホウオウゴケよりも小型のホウオウゴケ。うかつに判断するといけませんので少しいただいて鑑定に。
護岸を更にたどって行くとこのホウオウゴケが続いているのです。
よく育っているコロニーです。
ホウオウゴケの類はどこへ行ってもどこで見ても岩場に着生するように育っています。
こうして見るとナガサキホウオウゴケか?はたまた他のホウオウゴケか?鑑定の結果をお楽しみに!
2020年1月16日 鑑定の結果はトサカホウオウゴケでした。
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