園主のフォト日記
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2019年12月25日 信楽焼 窯元めぐり 番外編 窯場坂 山文製陶所(その2)
撮影で使用された丸熊陶業の看板。今は取り払われこの工房前に。見学の方々には「これこれ」といっていただけるのでは。まあ、永久保存看板ですねえ。
機械ろくろで形成された乾燥中の火鉢の原形。そして後はその石膏の型。
工房の入り口には「スカーレット」で放映された火鉢の製作現場、俳優も何んでもやらなければなりません。
そのロケで使用された火鉢の型が入った機械ろくろです。ここで俳優さん実演されさぞ大変なことであったろうと思われます。
その機械ろくろで製作されたばかりの火鉢の整形されたところです。型から抜かれたばかりと思われます。
この山文さんでロケされたことがよくわかります。
でき上がったばかりの火鉢の原型です。
この庭で整形された火鉢の原型が天日干しされたところです。山文さんの職人さん「イッキに60個作ったことは始めて。大変でした」とのお話し。ロケそのものが前代未聞。さぞ大変なことであったろうとおもわれます。あいにくの小雨模様の天気が少し残念でした。
話しは変わりますが、地元信楽産の「真砂土」を敷かれています。
この真砂の山土、古信楽といわれる鎌倉時代から江戸時代の焼き物で、粘土を荒土のままの状態で焼かれた壺等はこの長石、珪石が薪の炎との化学反応により、味わい深い信楽焼ができ上がった由縁です。
にわか仕立てのギャラリーオープン。従来「窯元めぐり」ではオープンされていなかった山文製陶所、押し寄せる見学の方々にやはりサービスしなければなしません。それにて工房の一隅をこの工房の作品を並べられることになったのでは。植木鉢と花入れ、鉢カバー等でしょうか。
傘立ても。
こちらは睡蓮鉢。つくばいにも使用できるように「ひしゃく」が置かれています。
工房では職人さんが傘立ての製作中。
山文さんで現在生産されている製品が並べられています。
火鉢の小型、たばこ用の手あぶりでしょうか。昔はキセルで「きざみたばこ」灰皿といったところでしょうか。
「スカーレット」にちなんで緋色の手あぶりも作られています。
見学に来られた方々用に名刺変わりでしょうか。
生子の手あぶりもレトロなレターケースの上に。何か様になっています。
こちらも現在生産中の花瓶、睡蓮鉢等が見られます。
このつくばいは電動仕掛け。何か雲がたなびいているような。
こちらは陶器のハリネズミ。
受皿付きの植木鉢では。室内観賞用に考えられている作品。現代流でいうならインドアグリーン用です。
帰り道、ロケの跡がそのまま見られるように。
以前には無かった火鉢が積まれ、ロケの跡であることがよくわかります。
そしてこんな案内板も。
現在、山文製陶所の工房です。その工房内を通らずにロケの跡が見られます。
ロケで使われている火鉢もこのように並べられ、見学に来られる方々のおもてなしになっているのでは。
さすが年末ともなり、天候も重なって見学に訪ねる方々の歩く姿も見られません。
2019年12月25日 信楽焼 窯元めぐり 番外編 窯場坂 山文製陶所(その1)
NHK朝ドラ「スカーレット」にて信楽焼が舞台となり、ドラマの中で火鉢製作は話題の一つとなりました。
現在、信楽焼で火鉢を生産しておられる唯一窯がこの山文製陶所さん。
それまでの鎌倉時代、おそらくは室町時代より焼き続けられてきた窯が並びこの窯場坂は静かな焼き物の里でした。毎年開かれる「窯場めぐり」で好事家が訪れる以外、閑散とした通りでした。
ところが時代は今、NHK朝ドラ「スカーレット」の波及波及効果は絶大なもの。ドラマが始まるや、この山文製陶所さんには連日100人余りが方々が訪れられたとか。訪れる見学者の方々がわかるように看板は立てられ、一目でわかる火鉢も演出。いやがうえにも観光化してしまった信楽焼の町です。
「スカーレット」で舞台となった「丸熊陶業」のロケ地。案内板がわかりやすく案内してくれています。
起伏に富んだ地形は、信楽焼の歴史そのもの。鎌倉時代より昭和30年代まで穴窯、登窯で焼成され、常に山の斜面を利用してきたからです。山文製陶所で行われた「スカーレット」のロケはその昔の窯跡。案内はそちらへ誘導してくれています。
その山文製陶所の工房の裏側を通るのですが、山文さんサービス精神でしょうか、NHKから借りられたのか、ロケの様子がわかるように、ロケ現場写真が貼られているのでした。
そのロケの様子です。
以前には見られなかった火鉢も積まれ、見学される方々のサービスも満点です。奥の煙突は「ほうざん」さんという窯元。なかなかすてきなギャラリーが展開されています。
荒縄でくくられた火鉢。火鉢はその昔鉄道輸送。その貨車に積み込まれ全国各地へ送られた時代。パッキンは荒縄だったのです。そしてその時代こそNHK「スカーレット」の時代背景でもあったわけです。
その時代の火鉢がよく残されていたものです。その長年積まれていた登窯時代の火鉢が時代考証の上でおおいに役立ったようです。
山文さん、丁寧に解説されています。
現在生産されている一色生子に近い火鉢です。
本格的な二度掛け生子火鉢、或は多彩は釉薬を使ったモダンな火鉢は登窯時代そのものです。
休憩所が設けられており、その壁面にはNHKから借用された撮影ロケの写真が、見学する方々の心をなごまされているのでは?
写真には庭に粘土で整形され、天日干しされている火鉢の原型が並んでいます。
この窯である丸熊商店のスタッフの方々です。地元の方々もエキストラで出演されているとか。
いろいろなロケの場面です。
リヤカーで運ばれていくその昔の火鉢。リヤカーそのものがレトロな時代物。
山文製陶所さんがその昔、作られていた前掛。電話番号が3ケタだけの古き良き時代の前掛。お得意様にくばられていたのでしょうか。
「スカーレット」のポスターといい荒縄でくくられた古い火鉢といい、信楽焼の見学にこられた方々は納得されているのでは。
その昔に登窯で焼かれていた和風の火鉢がおもてなしに使われていました。
こちらには生子火鉢の3個結び。なつかしい今では見ることのできない「むしろ」がパッキンに使われています。今回「スカーレット」のロケに使われたかと思いますが、もう二度と見られないのは間違いありません。
庭にはまだまだ昭和の作の火鉢を始め、今では見ることの稀な二度掛けの大きな生子の植木鉢が置かれています。枯草の中に昔は使われていた立ちざや(立匣鉢)が横たわっているのが見えるでしょうか。
その中に二度掛けの生子火鉢の失敗作が見られるのでした。薪で焼かれていた時代ですので、焼成温度は経験と感。高温焼成の生子釉であっても高温になりすぎるとこのようになってしまったようです。
今では使われなくなったつぎざや(継匣鉢)がいつの間にか野ざらし状態に置かれてしまっています。
「むしろ」も懐かしい思いです。何十年も昔の話し、その当時農家の庭先で秋になりますと収穫した稲、豆を始めとする雑穀類をこのむしろで天日干しに使われていました。
今は見学に訪れる方々のおもてなしとなっている生子火鉢。「スカーレット」のロケではこの火鉢も道具として使われたとか。よく見ますと色々な形があります。
丸火鉢、八角火鉢、十二角火鉢、それに雷文が入った火鉢といろいろあります。色も二度掛けの生子本来は海鼠釉と書くのですが。それとコバルト釉の大鉢とそれだけ売れたということでしょうか。
この形状は瓜をデザイン化したものなのでしょうか。機会があればおたずねしたいと思います。
2019年12月6日 火鉢に炭を入れました。
朝夕冷えてくる日々の生活。火鉢と炭を販売している手前、京ことばでいう「火をおこして見ました」
台所にて「火起こし」に鞍馬炭特級品の「小割れ」を使い、火をおこして見ました。本来なら「からげし」といわれるその昔なら一般家庭でできる炭が着火用に使われたのですが、今や入手困難な時代です。それにて安価な鞍馬炭の小割れを使用することに。
数分にて小割れの炭によく火がおこった状態になりました。ガスレンジの炎は常に弱火でしたが、着火そのものは簡単です。
その後、火起こしに数分間置き、火鉢に種火として移した小割れです。
火鉢には昨今見られなくなった藁灰(わら灰)を使用。この稲藁は大原野一帯の田んぼの稲を収穫時に入手。弊園にて焼いた自家製です。
そして鞍馬炭の本炭を上に乗せます。
数分にて炭がよくおこってきました。
その炭に灰をかけ空気を遮断。こうすることによって使用目的以外に火鉢に火を入れた場合、その火を長時間持たせる工夫をいたします。朝9時30分頃に火をおこし、10時頃の事。
午後2時頃の炭のおこった状態です。
灰を少し取り除いた状態ですが、午後4時30分頃の炭の様子。大体燃えつきてきました。本来であれば次々と炭をたして行くのですが、今回は試験的な炭の火おこしですので、炭はたしません。
午後5時 炭を広げまして、残っている状態を見ました。種火である小割りが見られます。朝9時30分頃より午後5時頃まで炭に火はついております。火鉢を使用していたその昔、炭火を長持ちさせる工夫を色々としたものです。
信楽焼 火鉢 生子13号(約40cm) 現在生産されている一色海鼠釉
 
現在の焼成方法はガス釜の時代。明治時代の開発された海鼠釉は二度掛け。そして登窯の時代が終わり、次いで石油窯といわれる重油窯でも二度掛けの海鼠釉が見られました。その釉薬は窯元で作られたものでした。その後釉薬専門販売会社が作られ簡単に入手できるようになりますと、窯元はその釉薬を利用するようになり、ガス釜とともに簡単に焼ける時代に入りました。その釉薬が一度掛けの今日の生子釉でした。

信楽焼 火鉢 支那海鼠(生子) 15号(約45cm) 戦前の昭和時代作では?
薪を燃料とした登窯で焼かれた二度掛けの海鼠(生子)火鉢です。登窯時代の釉薬は各窯元で調合されたもの。それにて火鉢の文様も様々見られます。この火鉢は型からいって並品火鉢として流通していたと思われますが、その文様は今となっては作り出すことのできないものとなっています。

 

信楽焼 植木鉢 生子十二角輪型 8号(24cm)
 
現在信楽焼 輪型植木鉢としては最小8号(24cm)です。この生子釉も火鉢と同様一色海鼠釉を使用して生産されています。昭和30年代、戦後の復興とともに火鉢が販売不振に。そこへ現われたのが植木鉢でした。生活が豊かになり、園芸を楽しむ日本の復活があったのです。そして高度生長時代この信楽焼植木鉢は売れに売れた時代であって、火鉢にとって入れ替わるぐらい、信楽焼を代表する焼き物となったようです。
その後プラスチックの出現により、信楽焼植木鉢もその生産量は見る陰もないぐらいの量となって今日を迎えているとのこと。

信楽焼 支那海鼠(生子)・型押火鉢 13号(約40cm)
明治初期に当時の中国より輸入された支那海鼠釉の火鉢を手に入れ、苦労して信楽の海鼠釉の火鉢をつくり出すことに成功したようです。そして明治末頃に開発された支那海鼠釉が生み出され、その後信楽焼火鉢の全盛を迎えたのです。
信楽焼支那海鼠(生子)・手付き型押火鉢13号(約40cm)
同じく型押火鉢であるが、持ちやすいように手付きが工夫され、雷紋という文様にいれられたデザインとなっています。当時釉薬は各窯元が作られた創意工夫の秘伝であったので、焼き上がった支那海鼠釉火鉢も自ずと発色が違ったようです。
信楽焼梅花文 絵付火鉢 15号(約45cm)
昭和20年代、30年代は信楽焼火鉢の全盛の時代。その頃に作られた火鉢と思われます。信楽焼には元々絵付師がいなかったので、京都から招いたというその昔。時代と共に地元信楽焼で育った絵付師が描かれたであろう多種多様な絵付けは、今日信楽焼陶芸の森に「火鉢ロード」として屋外展示されている。
信楽焼 八角モダン火鉢 16号
この文様とよく似た絵付火鉢が信楽焼陶芸の森 火鉢ロードに屋外展示されている中に見ることができます。同一絵付師の作ではと思われます。おそらくは昭和20年代、30年代に大量に焼かれた時代の作ではと思われます。
信楽焼 火鉢 支那海鼠(生子)唐草文火鉢
焼かれた年代は不明ですが、技術的には古いのではと思われます。文様は大胆な唐草がレリーフとなっており、焼かれた窯元の意匠性に秀れたものがあったのではと思われます。
信楽焼 火鉢 十二角海鼠雷文 火鉢 15号
十二角と面取りになっており、名称も面取りとするのがよいのかもしれません。その当時どのような名前にて流通させていたのかということになります。コバルトの配合が高かったのか美しく、しかも拡張高い作りは完成度が高く、昭和20年代、30年代の作ではと思われます。
信楽焼 火鉢 イッチン山水画火鉢 20号
当初信楽焼には絵付職人がおらず、京都より呼び寄せたのが始まりといわれ、このイッチン技法もその流れから京都の技術が伝わったものと考えられます。
_IGP4363 信楽焼火鉢といえばその昔、代表的な信楽焼でした。
現在の様に近代化されていない時代、石油も無く、電化もされていない時代、冬の暖房といえば炭を使い、その道具といえば火鉢でした。
そしてその釉薬といえば中国より技術が伝わった、海鼠釉でした。
その技術も現代では焼かれなくなりましたが、そのイメージは受け継がれ、海鼠釉火鉢として販売されています。
その海鼠(生子)11号の火鉢を取り上げてみることに。
_IGP4369 昔なら稲わらを燃やしてできるわら灰が一般的であり、全量わら灰を使用しましたが、昨今稲の入手が困難となり、その灰も入手不可能となってきましたので、代わりに弊園では耐熱性に優れ軽量な「ひゅうが土」4Lを底部分に入れます。
_IGP4372 次に灰を6L入れます。
この灰は、炭を燃やした灰とか、木を燃やした灰つまり「木灰」といいますが、これを使用します。
_IGP4374 そして五徳といいまして、やかん等を置く場合に支える鉄製の代を入れます。
そこに火のついた炭を入れるのですが、直接入れるのではなく、昔なら「からげし」といいまして「消し炭」をコンロ等で着火させ、燃えたからげしを火鉢に入れます。
そしてその上に本来の炭、つまり木炭を入れ、着火させます。
昔は手間暇をかけたものです。
というよりそれしかなかった時代でしたから。

そのようなことで、弊園では信楽焼火鉢と灰と炭をセットにしまして販売いたします。

_IGP3994
なまこ13号の外観です。
明治時代に、それまで中国の焼きものでしか見られなかった鈞窯の釉薬です。本来灰釉を二度掛けして、その釉薬の流れの色が海鼠に似ているところから名付けられました。
信楽焼には明治時代にその技術が導入され、歴史のある焼きものです。
現代では二度掛けしていない、いわゆる海鼠風の焼きものとなっています。
_IGP4006 _IGP4008
使用方法は13号の場合、底に土(弊園の場合「ひゅうが土 6L」)を入れます。
_IGP4014 _IGP4017
次いで灰(木灰)を9L入れます。
昔はいくらでもあった稲藁を燃やしてできる灰を全量入れましたが、昨今その稲藁が入手できず、灰も高価となりました。
_IGP4011
その灰は「いろり」でできる灰だったのですが、ふるいますと、からげしが出てきました。
_IGP4019 _IGP4025
本来はその「からげし」を使うのですが、昨今入手できませんので、炭焼きでできる「粉炭」を利用します。
_IGP4032 _IGP4028
お入れしております 京の炭「鞍馬炭」の粉炭、火をつけ燃えているところに本来の本炭を入れ、赤く火がついているところを撮影しなければなりませんが、本日のところはイメージ画像にて後日撮影したいと思います。

_IGP3428 _IGP3450
大悲山といえば京都で野生植物にくわしい方なら言わずと知れた地名です。或は歴史好きの方なら、遠く鬼界ヶ島へ流された俊寛が一時、都からの追っ手を逃れてこの地に隠れ住んだといわれる地でもありました。その分かれ道をひたすら走りますと目的地まで今一歩のところです。 しばらく走りますと、現代版炭焼小屋が街道筋沿いに現れました。屋根からは炭を焼いておられることがよく分かる煙が出ているのでした。
_IGP3461 igp4786
小屋の中をのぞかさしていただきますと、煙の様子からほぼ焼き上がり。空気穴、煙突も締めて空気を遮断。そして2週間後に窯開きをするとのこと。その間ムラして行き、その間のムラし具合で炭の善し悪しが決まるとのこと。 多少ボケておりますが、窯の中の焼けた炭です。木の種類は「ナラ」とのこと。
_IGP3430 _IGP3456
その焼けた炭を2寸5分、つまり7.5cmの長さにカットして切りそろえた黒炭です。

規格は特級品です。

そしてその2寸5分にカットした黒炭を箱詰めにしている作業風景です。
_IGP3431 _IGP3434
一部新聞紙が入って完成品ではないのですが、このような感じです。 箱詰めされて出荷できる鞍馬炭特級品5kgの製品です。料理屋さん、火鉢等に使用されます。
_IGP3441 _IGP3438
規格外の黒炭です。品質的に特級品とならなかったものはこの規格外に入れられます。これらはバーベキュー用としての使用が主です。一般家庭でご利用いただいたならと製品化しています。 特級品として箱詰めに至らなかった規格を、「小割れ」として商品化した製品箱です。炭焼きの窯の中で完全に炭化しない部分がどうしてもできてしまいます。やはり炭に火をつけますと異臭がいたしますので屋外での使用、例えば屋外での七輪を使ってのバーベキュー等に安価で最適です。
_IGP3451 _IGP3452
今回無理を言いまして分けていただきました「粉炭」です。炭焼きで出来るクズ炭です。

これはどこにも販売されていないかと存じますが、始めにコンロで炭を焼くのですが、

始めから炭に火をつけるということは少し時間がかかります。

昔は七輪でもそうだったのですが、「からげし」といって木を燃やした後にできる炭「けし炭」、

これに火をつけよく燃えてから、その上に本来の炭を入れたものです。

その「からげし」が今は無く、この粉炭が代用です。かなり贅沢な使い方ですが、現在では一番合理的です。

そのようなことでガスコンロに「火起こし」にこの粉炭を入れて火を起こしてください。

とっても便利な炭です。この製品、箱はありませんので、弊園にて袋詰めして販売いたします。

_IGP2378
近年農作業も秋の稲刈りも全て機械化されてしまいました。

昔は鎌で稲を株元から切り取って束ねて、それを竹竿に吊り下げて乾燥させていた風景が農村の秋の風物詩でした。

今日その作業が弊園の営業する周辺にても全く見られません。

そのようなことでこの稲わらの結束した姿を見るのは何十年ぶりになるのではと思います。

農家の方々にとっては本当に合理化され、人手もかけずに「米」が収穫できるようになったのですが、

その過程で出来る稲わらが無くなってしまいました。この稲わらを燃やしてできるのが「わら灰」です。

昔は火鉢の灰として使用されていましたが、それが無くなってしまいましたのです。

火鉢の灰としてはこの「わら灰」が最高品質だったのです。

そのようなことで、この「わら灰」を販売することに。

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